2019/03/06

二つの軸とトーラス構造から自身の研究テーマを考える

 さて,研究総覧の巻頭言ということで,少し抽象的に研究テーマについて考えてみたいと思います。まずは,私が学生だった頃に,研究室のガイダンスで大嶋正裕先生(現京都大学工学部長)の恩師が高松武一郎先生(京都大学名誉教授)に教えていただいた研究における二つの軸について紹介します。
 研究における二つの軸とは,図1に示される基礎研究軸と応用研究軸の二つです。
 基礎研究を横軸に取ると,右に進むほど基礎研究を深める研究になり,左に行くほど非基礎研究を深めることになります。縦軸の応用研究でも同様に,上に伸びるほど応用研究を深める方向に行き,下に行くほど非応用研究を深めることになります。
中学校の数学で勉強したグラフの象限という言葉を使うと,第1象限は,基礎かつ応用研究のテーマです。このようなテーマを設定できた研究者は多くの研究費を獲得して画期的な成果を学術的にも産業的にも出していくことが期待されています。第2象限は,非基礎かつ応用研究のテーマです。基礎的な研究基盤を踏まえて,あるいは応用が急がれるテーマであり,中身はよくわからないが,ビジネスチャンスを逃すまいと研究を加速させているはずです。第3象限は,非基礎かつ非応用のテーマです。このテーマは「将来何に役立つかわからないが,研究者の興味のままに行う。」という萌芽的な側面と,研究テーマとしてはピークアウトしていて,過去の惰性で研究が進んでいるテーマの二つの場合が多いです。国プロなどの大きな予算がつぎ込まれているテーマは,多くの人々のコンセンサスを得るために後者の傾向がどうしても強くなります。第4象限は,基礎かつ非応用のテーマです。宇宙のしくみや深海の謎を探ることや純粋数学や理論物理学のテーマが多いはずです。
 基礎か非基礎かあるいは応用か非応用かは研究者によってそれぞれの尺度が違います。基礎研究⇔応用研究という単純な一つの軸で物事を捉えるのではなく,基礎-非基礎と応用―非応用の二つの軸で二次元的にテーマを捉えることで自分の立ち位置がより明確になるはずです。
 また,工学分野の研究者が第1象限のテーマを設定し,左回りに経産省寄りの応用研究を展開していくか,右回りに文科省寄りの基礎研究を展開していくか,あるいは,テーマの有効性が急激にシュリンクしてしまい原点を通って第4象限に陥ってしまうか,は研究者の手腕にかかっています。一流の研究者は複数のテーマでバランス良くそれぞれの象限のテーマを設定しポートフォリオを形成しリスクヘッジしています。
 さて,次はトーラス構造について触れましょう。トーラス構造とは,図2に示す通り浮き輪 のような構造をしており,トーラス上のある点からいかなる点を歩いても出発点に戻ることができます。しかし,トーラスの中心Oにはたどり着くことができません。
今,トーラス上の点PからAについて研究を開始していきます。トーラスの中心Oに向かって進むほど真理にたどり着けると考えます。Aについて研究を進めると,だんだん真理に近づいていきますが,研究費や人員など様々な制約でOにはたどり着くことができず,一回りして,次にBについて新たにテーマを立てます。しばらくすると,また,研究は行き詰まり,トーラス上のループをたどり元に戻ることになります。A, B, C …とテーマを積み重ねれば,Oにたどり着けるというものではなく,このような研究をしていても本質的なことは何一つできず,ただ時間とお金を浪費するだけの研究者や研究グループになりかねません。
 自分が立てた仮説に基づく研究テーマが存在するフィールドがトーラス構造なのかどうかは,研究を始めてみなければわからないでしょう。しばらく研究を続けてみて,過去のデータを整理する中で,自分のいるフィールドがトーラス構造なのであれば,真理に近づくために研究のやり方を変える必要があるでしょう。真理に近づくことが研究の目的であれば,の話ですが。
 最後に,二つの軸とトーラス構造の話をまとめてみたいと思います。二つの軸では,基礎研究と応用研究の対義語として非基礎研究と非応用研究があることを紹介し,研究テーマの位置づけを考える必要があると説明しました。二つ目のトーラス構造では,自分のいるフィールドがトーラス構造であれば,真理にたどり着くことができないことを説明しました。
実は,トーラス構造は位相幾何学的には(コンパクト)二次元多様体と呼ばれており,トーラス上には2次元平面しか存在しません。すなわち,図2の点P上に研究の二つの軸を貼り付けることが可能です。すると,興味深いことに,基礎研究の軸も応用研究の軸もトーラス上を1周して元の点に戻ってくることができます。つまりは,基礎研究と非基礎研究あるいは応用研究と非応用研究のどちらも研究のサイクルの中では相対的なものでしかないのです。研究者自身がいま研究はどういう状況(基礎か,非基礎か,応用か,非応用か)にありどこに(基礎か,非基礎か,応用か,非応用か)向かっているかをはっきりと認識しておかないと,トーラス上で道に迷うことになりかねません。何が基礎で何が応用か,何が真理であるかを示すことが研究者の仕事であり,人間にしかできないことです。
 巻頭言としてはやや哲学的なテーマを取り上げてしまいました。混とんとする世界情勢と競争が激化する研究環境において,戦略的に研究を考えるためには現状認識が最も大切ですので,その一助となりましたら幸いです。