2011/07/24

研究紹介

最近は研究分野が多岐にわたり、色々なつながりができつつあります。そこで、これまでの研究を論文とともにふりかえりつつ、現在の研究内容を紹介させていただこうと思います。どうぞよろしくお願いします。

私は、博士後期課程において高分子微細発泡成形の可視化観察とモデリングという研究テーマを与えられた。この研究では、高分子中で気泡が生成し成長する様子をその場観察可能な可視化実験装置及び画像解析システムの開発と実験結果の数値シミュレーションによる解析を行った。私が在職している京都大学は世界的に見てもトップクラスの高分子の研究者が多数奉職されており、化学工学が専門でも高分子の知識が乏しかった私は、多くの先生方からのご指導をいただきながら研究を進めてきた。

高分子の微細発泡成形とは、高分子中に無数の気泡を発生させる一連の成形加工法のことである。この成形法で作られた高分子発泡体は、断熱材、衝撃吸収材、防音材、軽量材、低誘電率材、液晶テレビ用の光反射材など様々な用途において実用化されている。国内市場の規模はおよそ2000億円である。従来、高分子発泡体の製造には気泡のもとになるガスとしてフロンや代替フロンが使用されてきた。しかし、これらの物質はオゾン層破壊係数や地球温暖化係数が高いため、モントリオール議定書や京都議定書において製造や使用が制限されている。そのため発泡成形業界は新たなガスとして環境負荷の低い窒素や二酸化炭素を代替ガスとして1990年代後半から研究を開始した。

高分子発泡成形に関する代表的な物性として、ガスの溶解度、拡散係数、高分子の粘度、表面張力がある。これらの物性は、フロン系ガスから低環境負荷の二酸化炭素などに切り替えるだけで、がらりと変化してしまい、従来の発泡成形の操作条件では従来と同等品の発泡体が製造できなくなることが明らかになった。そこで、発泡成形の原理原則に戻り研究開発すべきだという気運が高まったが、発泡成形の学術的な研究は、私が研究を始めた当初はほとんど成されておらず、原理原則が何であるかさえ私にはわからない状況であった。

そこで、私は指導教員の下、発泡成形の物理現象を解明すべく、高分子へのガスの拡散係数と溶解度を測定する装置の開発、気泡核が生成する過程、気泡が成長する過程、気泡同士が合一する過程について可視化観察可能なオリジナルの実験手法を考案し次々に新しい成果を発表することができた。[1-7] オリジナルの実験手法を頼りに、数多くの民間企業から多くの解析依頼の申し出があり、実用的な系での解析も行った。

高分子発泡成形では、拡散過程と核生成成長過程が関係することから、従来の化学工学が範疇としてきた輸送現象論のなかで拡散方程式や運動方程式で支配される現象の研究をしてきたことになる。そのため、同様な輸送現象が関与する乾燥プロセスによる構造形成の研究にも着手した。[8-14] その後、助手として同じ研究室に奉職することになり、博士後期課程での経験をふまえて、発泡体の気泡径を数十nm以下までの微細化を目指した新たな研究を開始した。[15, 16]

発泡成形を超える新たなテーマ探しにも着手した。[17-20] 私がこれまで続けてきた研究について見直し、私自身の強みとして、実験装置の開発能力と輸送現象論をベースとした数値モデリング能力にあると考えた。そしてさらにフィールドを広げるために、化学反応を伴う反応拡散過程の輸送現象論に研究対象を広げることにした。

そこで2009年頃から反応拡散系の輸送現象として、UV硬化樹脂の反応系コーティングプロセスの解析を研究することにした。UV硬化樹脂の国内市場規模は1600億円である。UV硬化樹脂はUV(紫外線)を照射すると瞬時に硬化する工業材料で、iPad(R)などの傷つき防止用のハードコートや、フロアーコート、光ファイバー、接着剤、銀歯などの代わりに使われる歯科補填材、半導体のポジレジストなど実に多くの応用分野がある。

このUV硬化樹脂の硬化過程は、モノマーが重合する過程から成り、モノマーの重合と重合の阻害剤となる酸素の拡散が競争しておこる過程である。多くの反応が数秒以内に完了するため解析が難しく、世界的に見ても真の反応速度定数を測定することは未だにできていない。硬化過程の現象論的な解析はこれまでも多く成されてきたが、輸送現象と反応工学的な立場からの解析は不十分であり、UV硬化プロセスには設計方程式や実プロセスでの検証といった視野での研究は皆無である。また、多くのUV硬化プロセスはモノマーの蒸発を伴い、硬化膜内での組成分布ががときとして深刻なトラブルになるが、乾燥と硬化反応を組み合わせた研究例もない。

そこで、UV硬化樹脂の基礎研究を始めるために、従来私が研究してきた高分子の微細発泡成形とUV硬化樹脂の特性を活かした「光誘起相分離による革新的低誘電率膜成形プロセス」をNEDO・新エネルギー産業技術開発機構の若手グラントに応募し、研究費を得ることができた。この研究費をベースに、最先端の分析装置を複数購入し、かつ新たな低誘電率膜の製造プロセスを構築し、これまでよりも1/10 ~ 1/100も処理時間が短く誘電率の低い膜を作成することができた。[21] 低誘電率膜は、高速情報通信時代に無くてはならない材料であり、さらなる高速化のために既存製品の低誘電率化が渇望されている。本年5月に無事に中間審査を突破し、残り2年間で大面積の低誘電率膜が製造可能な装置の開発を行う。

UV硬化樹脂の新たなアプリケーションの一つに、ジェルネイルと呼ばれるものがある。ジェルネイルとはUV硬化樹脂を爪に塗りオシャレを楽しむ方法で、従来のマニキュアに比べて長持ちすることや光沢の良い膜を作成できることが人気のある理由である。ジェルネイルなどのネイルケア産業の国内市場は2000億円であり拡大を続けている。

もともとUV硬化樹脂は工業材料として使用されてきており、強いUV強度と不活性ガス雰囲気下で残留モノマーが残らないように硬化されてきた。しかし、ジェルネイルでは、ネイルサロンや一般家庭で使用されることが想定されるため、強い紫外線を発するランプや窒素ガス発生器などを使用することができず必然的に未反応モノマーが残留する条件が整っていると言える。私はこのような状況を鑑み、ジェルネイルにおいて安全な施術法を研究するに至っている。また、UV硬化樹脂の基礎研究の立場から見てもシンプル且つこれまで誰も研究していない内容であるため、有用性が極めて高いと考えている。すでに、ジェルネイルに関して発熱や残留モノマーの定量的な評価方法を提案し、民間企業と情報交換を行っている。

発泡成形の研究で培った拡散系の輸送現象に化学反応を取り入れることで反応拡散系の相分離プロセスの研究を始めた矢先に、銑鉄用コークスのモデル化の研究をしてみませんかとお誘いを鉄鋼協会から個人的にいただいた。銑鉄用コークスは、高炉の中に鉄鉱石と互い違いに敷き詰められており、鉄鉱石の還元と熱源に使われる非常に重要な工業原料である。銑鉄の善し悪しの7,8割はコークスで決まるとされている。国内の銑鉄用コークスは売買されることはないが、鉄鋼製品の市場規模から類推すると1兆5千億円の市場規模がある。

銑鉄用コークスの原料は石炭である。これまで日本企業はコークスに最適な石炭を世界中のどこからでも購入することができたが、最近の中国のめざましい発展により、日本企業はコークス原料用の石炭購入で買い負けている。しかたなくコークスに不適な石炭をどうにかこうにかして使用しているが、そもそも石炭がコークスになる過程の理論的な解析が不十分であるため膨大な試行錯誤が続けられている。石炭からのコークス生成過程は、石炭が熱により分解し、揮発成分が化学反応により生成し、ぶくぶくと泡になり空隙を形成する。空隙の周りが熱により硬化することでコークスができるものと考えられている。そこで、気泡の生成と成長過程の可視化とモデリングに詳しく、反応拡散系の輸送現象を得意とする私に白羽の矢が立てられ、一緒に研究することになった。

現象を厳密に扱えば到底モデル化ができないコークス生成過程を化学工学的なセンスでモデル化し、気泡の生成、成長、合一の数値シミュレーションを可能にしている。この知見をもとに、コークスに適さない石炭からも良質のコークスを製造するためのプロセスを提案することが私に課せられた責務である。コークス問題は日本の鉄鋼業の生死をかけた熱い戦いでもある。

日本の化学系産業は新興国の台頭と先進国との熾烈な競争にさらされ、有用な化学原料資源を持たない我が国はきわめて厳しい状況におかれている。化学工学を専門とする学者は、自分の強みを最大限に発揮して、なりふりかまわず日本の化学産業を支えて行かなくてはならない。さもなければ日本の未来は暗く希望のないものになる。高度成長期に化学工学が勃興を極めたように、今の時代に、化学工学者ができることはきわめて多い。

研究紹介では、学術的な進歩を述べることが慣例であるが、あえて私の研究と産業界との関わりについて述べた。産業界との連携の基礎となる基礎研究は、実際に使われてこその基礎研究である。学者は、勝手に問題を設定し専門家を名乗ることができる希有な職業である。産業プロセスから問題を見つけて、産業に役立つような実践的な研究をすることができる学者であり、今まさにそれを目指している。

プラスチック、UV硬化樹脂、低誘電率膜、爪、コークスと研究対象は多岐にわたるが、その背景にある物理現象は、反応拡散と相分離であり、化学工学がこれまで脈々と研究対象としてきたものである。プロセスの裏に隠れた現象を見いだし、化学工学の手法で問題解決をしていく。できることなら、このようなことをさらに広げていきたい。


1. Taki, K.; Tabata, K.; Kihara, S.-i.; Ohshima, M., Polymer Engineering & Science 2006, 46 (5), 680-690.
2. Taki, K.; Nitta, K.; Kihara, S.-I.; Ohshima, M., Journal of Applied Polymer Science 2005, 97 (5), 1899-1906.
3. Taki, K.; Yanagimoto, T.; Funami, E.; Okamoto, M.; Ohshima, M., Polymer Engineering & Science 2004, 44 (6), 1004-1011.
4. Taki, K.; Nakayama, T.; Yatsuzuka, T.; Ohshima, M., J. Cell. Plast. 2003, 39 (2), 155-169.
5. Taki, K., Chem. Eng. Sci. 2008, 63 (14), 3643-3653.
6. Taki, K.; Kitano, D.; Ohshima, M., Industrial & Engineering Chemistry Research 2011, 50 (6), 3247-3252.
7. Sharudin, R. W.; Nabil, A.; Taki, K.; Ohshima, M., Journal of Applied Polymer Science 2011, 119 (2), 1042-1051.
8. Todo, M.; Park, J.-E.; Kuraoka, H.; Kim, J.-W.; Taki, K.; Ohshima, M., J. Mater. Sci. 2009, 44 (15), 4191-4194.
9. Kim, J.-W.; Taki, K.; Nagamine, S.; Ohshima, M., Langmuir 2009, 25 (9), 5304-5312.
10 Kim, J.-K.; Taki, K.; Nagamine, S.; Ohshima, M., Journal of Applied Polymer Science 2009, 111 (5), 2518-2526.
11. Todo, M.; Kuraoka, H.; Kim, J.; Taki, K.; Ohshima, M., J. Mater. Sci. 2008, 43 (16), 5644-5646.
12. Kim, J.-W.; Taki, K.; Nagamine, S.; Ohshima, M., Chem. Eng. Sci. 2008, 63 (15), 3858-3863.
13. Kim, J.-K.; Taki, K.; Nagamine, S.; Ohshima, M., Langmuir 2008, 24 (16), 8898-8903.
14. Kim, J.-K.; Taki, K.; Ohshima, M., Langmuir 2007, 23 (24), 12397-12405.
15. Taki, K.; Waratani, Y.; Ohshima, M., Macromol. Mater. Eng. 2008, 293 (7), 589-597.
16. Otsuka, T.; Taki, K.; Ohshima, M., Macromol. Mater. Eng. 2008, 293 (1), 78-82.
17. Adachi, H.; Taki, K.; Nagamine, S.; Yusa, A.; Ohshima, M., The Journal of Supercritical Fluids 2009, 49 (2), 265-270.
18. Nakai, S.; Taki, K.; Tsujimura, I.; Ohshima, M., Polymer Engineering & Science 2008, 48 (1), 107-115.
19. Ogawa, H.; Ito, A.; Taki, K.; Ohshima, M., Journal of Applied Polymer Science 2007, 106 (4), 2825-2830.
20. Funami, E.; Taki, K.; Ohshima, M., Journal of Applied Polymer Science 2007, 105 (5), 3060-3068.
21. Taki, K.; Okumura, S., Macromolecules 2010, 43 (23), 9899-9907.